不眠の子守唄

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萩尾望都『イグアナの娘』ー表題作以外も「毒親」を描いた珠玉の短編集【あらすじ・感想】

昨今、「毒親」などという言葉に代表されるように、いびつな家族・親子関係がクローズアップされることが多いように思う。

子供を愛せない親、愛さずに育ったことによる愛着障害、そして愛されなかった子供が親になっても愛し方がわからないという問題......

そのような親子関係を描いた古典的な作品として、少女漫画の巨匠・萩尾望都の短編「イグアナの娘」という作品がある。

この「イグアナの娘」という作品は短編で、菅野美穂主演のドラマでも有名な作品だが、実はこの作品を表題作とした短編集『イグアナの娘』は、どれも歪んだ家族を描いた珠玉の物語が収録された素晴らしい短編集なのである。

今回は、この短編集『イグアナの娘』について紹介したい。

イグアナの娘 (小学館文庫)

収録作品紹介

この短編集の収録作品は、次の通りである。

・「イグアナの娘」

・「帰ってくる子」

・「カタルシス」

・「午後の日射し」

・「学校へ行くクスリ」

・「友人K」

このどれもが、素晴らしい作品なのである。

以下に、その内容を紹介していこう。

「イグアナの娘」あらすじ・感想

菅野美穂主演のドラマ「イグアナの娘」の原作としても有名な表題作である。

あらすじ

母・ゆりこは幸せな結婚生活を送るが、生まれてきた長女リカの姿がイグアナにしか見えない(写真に写った姿だけ人間に見える)。

リカ自身にも、自分自身の姿がイグアナにしか見えず、容姿にコンプレックスを抱え、また母の愛を得ることができず苦悩する

ゆりこの次女マミは、ゆりこにも人間の赤ちゃんに見えたため、ゆりこは長女リカを疎んじる一方で、次女マミを溺愛する。

 

リカは、自分がイグアナにしか見えないことが理由で、男性から好意を寄せられてもうまく交際することができない(母から愛されなかったため、愛し方がわからないという愛着障害も理由の一つだろう)。

だが、大学で出会った「牛」のような男・牛山一彦であれば、イグアナのような自分でも受け入れてくれるのではないかと思い、牛山と結婚する。

 

リカは幸せな結婚生活を送り、子どもも生まれるが、子どもは普通の人間のような容姿をしていた。リカの「人間」の姿にそっくり(=母ゆりこの姿にそっくり)だったのである。

娘もイグアナの姿、あるいは牛のような姿なら愛することができたのに......

リカは、人間の姿をした子供を愛することができず苦悩する

 

そのような中、母ゆりこが急死する。

リカ急いで葬儀に駆け付けたが、母ゆりこの遺体はイグアナの姿になっていた。

 

母の遺体の前で、リカは夢を見る。

ーーそこで、自分がイグアナに見える理由ーー母にかけられた魔法を知る。

 

リカは死んだ母と和解し、自分の子どものことも愛することができるようになる。

感想

物語はファンタジー的な側面も持っているが、母と娘の複雑な関係をここまで鮮やかに短編で描き切った作品は他にないのではないかと思う。

 

正常な関係を気づけなかった親子と、それによって子供に生まれてしまったコンプレックス…… あらゆる要素が描かれている。

 

この短編は脚色されて連続ドラマ化もされているが、記事の一番最後にドラマ版との比較を行った。

▼ドラマ「イグアナの娘」第1話

第1回「のろわれた誕生」

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「帰ってくる子」あらすじ・感想

この短編の主人公・ヒデの家族には、幼くして亡くなった弟・ユウの幻影が見える

いつもユウを気遣う家族を見るたびに、中学生となったヒデは、自分とユウを比べてしまう。

 

ーーラスト近くにどんでん返しがある作品なのであらすじへの言及は控えるが、このどんでん返しこそ作品のテーマである。

そして、救われるようなラストが用意されている。

「カタルシス」あらすじ・感想

親に無断で外泊する不良少年・ゆうじの物語

ーーのように見えるが、実際はゆうじの母親・ふみこが毒親である。

 

ゆうじの抱える鬱屈とした思いと、そのカタルシスを描いた作品。

 

ゆうじが思い通りにならなくなった時の母・ふみこのセリフ

この子はゆうじじゃないッ

お お おまえを

一生許さないッ…!

が印象的。

 

ゆうじの物語としてははハッピーエンドなのだが、母・ふみこの後日談はなかなかえぐい

そんなリアリティという面では、この作品が一番かもしれない。

「午後の日射し」あらすじ・感想

夫に愛想が尽きかけている主婦・賞子が主人公。賞子は、不倫への誘惑に駆られるが......

 

この作品は、珍しく主人公が「親側」の作品である。

賞子は娘のひとみに対して「女らしくあること」を求めるが、ひとみは反発する。

ーーしかし、ひとみが結果的に賞子を変えていくことになる。

 

賞子は旧時代の人間であり、かわいそうな人間でもある。

母親のなりたかった生き方を、娘がしていることへの複雑な思いを描いた作品なのかもしれない。

最後はハッピーエンドに行きつく。

「学校へ行くクスリ」あらすじ・感想

けっこうぶっ飛んでる作品である。

「他人が人間に見えなくなってしまう」という、「イグアナの娘」と近い要素が物語の主軸となる。

 

主人公・別海かつみは、ある日突然他人が人間に見えなくなる。だが、かつみが思いを寄せている中川マユミや、クラスメイトの甘木だけは人間に見える。人間でない姿を持ったものの言葉には、話しかけられても明瞭に聞こえない。

 

この作品が描いているものは何かはいろいろと考察できるが、ひとつには親に起因する、子ども同士の関係なのではないかと思う。

心の中で何かが引っ掛かっているとき、世界がおかしく見えてしまうことがある。

ーーそれをどうやって克服するのかが、一つのテーマなのではないだろうか。

「友人K」あらすじ・感想

主人公が対抗意識を燃やすクラスメイトKの物語。

一番短く、物語というほどではない。

 

この作品には「親」はほとんど出てこない。

ーーだが、Kを決定的に怒らせた理由は、「家庭環境」をからかったからである。

その点で、この「友人K」でも「家庭環境」は一つのテーマとなっている。

 

短編集『イグアナの娘』の魅力

ここまで短編集『イグアナの娘』の収録作品について書いてきたが、共通するのは「屈折した親子関係」である。

現代的なテーマ

作品自体は1990年代の作品で、もはや四半世紀以上前のものであるが、むしろ今の世の中でこそ注目されるべきテーマの作品ばかりである。

 

上でも既に述べたが、親子関係における問題点などは、この短編集中にあらゆるテーマがカバーされているのではないかと思う。

作者の投影

この作品が90年代の作品でありながら、ここまで現代的なテーマに真に迫ることができているのは、このようなテーマが作者自身の経験に即しているからである。

 

以下、Wikipediaからの引用になってしまうが、厳格な母との相克を、作者・萩尾望都はこのように語っている。

作者は2歳で絵を描き、4歳で漫画や本を読み始めたが、母親が「漫画は頭の悪い子が読むもの」と叱るので、漫画を読むのも描くのも親に隠れて行っていた。

作者は母親にいつも「勉強しろ」と追いたてられ、成績の悪い子とは付き合うなとか、教科書以外の本は読んではいけないとか、また姉や妹と比較されては四六時中怒られていた。

成績の良くなかった作者はそれで家にいるのがつらく、また競争もいやで、漫画家になろうと思ったのも競争しないですむと思ったからということもある。 漫画家になり上京して独立住まいをするようになってからも、母親に対する反発は心の中に無意識にくすぶり続けた。

作者は「最初は自分では気づかなかったのだけど、デビューして2年目ぐらいに『あなたの作品って、いつもお母さんがいなかったり、死んだりするのね』って言われて、『あれそうなのかな?』って。それで、母親を登場させたくない自分の内面心理について振り返り始めたりしました。」と語っている。

ーー作者が自己と向き合った作品だからこそ、同じような境遇の人々が読んでも、本当に共感できる作品になっているのではないだろうか。

ハッピーエンドの多さ

このようなことを書くと「わざわざ暗いテーマの作品を読まなくても......」と思われるかもしれないが、物語自体はハッピーエンドで終わることが多い

 

その点で、あまり軽率なことは言えないが、屈折した親子関係に苦しみながらそれを克服しようとしている人にもおすすめできることができるのではないかと思う。

もちろん、自分が「親」側であっても同じである。

 

おわりに

『イグアナの娘』は、本当にお薦めできるマンガの短編集である。

表題作「イグアナの娘」はもちろん素晴らしいが、何度も書いたように他の作品も素晴らしい

絶対に、買って後悔させない作品である。

イグアナの娘 (小学館文庫)

イグアナの娘 (小学館文庫)

  • 作者:萩尾望都
  • 発売日: 2014/08/25
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ドラマ「イグアナの娘」について

最後に、ドラマ版の「イグアナの娘」についても触れておこう。

「イグアナの娘」は、菅野美穂主演でドラマ化されている(むしろこちらの方が有名だろう)私も、そもそもこの短編集を知ったのはドラマが先であった。母親役は川島なお美で、まさに「怪演」という感じである。

主題歌のElton John「Your Song」もいい味を出している。

 

ドラマは良くできていて、原作と違う描写になっている場面でも原作と同等以上の魅力を持っている。このドラマからは、原作が短編だったとは想像できないだろう。

ドラマ版と原作の違い

ドラマ版を見たことがある方も、原作では異なる点があるので、ぜひ原作マンガを読んでみてほしい

 

そもそもの設定が、ドラマだとリカは高校生なので、描かれる時間のスパンが異なる。

それゆえ、ドラマ版では愛着障害を持ち容姿にコンプレックスのあるリカが、どのように愛を受け入れることができるかというのが、より重要な主題となっている。

 

一方、原作は長いスパンを描いているので、自分の子どもを愛することができるか? といった問題などは原作の方が深く描かれている(ここのディティールは、ちょっと原作とドラマで違う設定になっている)。

 

前述の通り、ドラマ版は非常によくできていて、連続ドラマになっている分伏線の張り方などはドラマ版の方が上手い

原作のみ読んだという方にも、ぜひドラマ版はお薦めしたい。

第1回「のろわれた誕生」

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