不眠の子守唄

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新型コロナウイルスと共に蔓延する「公正世界仮説」の怖さ

「公正世界」の功罪

少し、悲しくなる出来事があったので記しておきたい。

 

現在新型コロナウイルスの感染拡大の中で、外出自粛が要請されている。思いがけない副作用として、おかげで交通事故が減っていると聞く。しかし交通事故が起きてしまうのも事実であり、そのようなニュースも見かけた。

交通事故そのものにも心を痛めたが、私はそれ以上に「自粛中に外出するから事故に遭うんだ」というような論調を見かけたことが悲しかった。

 

このような論調で被害者側を責めてしまう論理を説明した社会心理学の用語に公正世界仮説というものがある。

人々は世界を、「人間は行いに応じて公正に報われる」ものであると心の奥底で信じている、という仮説である。「悪いことをしていなければ不当に傷つけられることはないだろう」という考えは、人々を「理不尽という恐怖」から救ってくれる側面も持っている。

しかし、ひとたび「不運な被害者」を見た時に、人々は防衛反応から、「被害者は悪いことをしたから傷つけられたのだ」と思い込んでしまうのである。 

ここに、「公正世界仮説」の怖さがある。

今の世の中は、このように悪い方向の「公正世界仮説」が蔓延してしまってはいないか

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photo by Unsplash

新型コロナウイルスに感染してしまった人の行動に、感染の原因を求める。そして感染者を責める。

感染者の中には、褒められた行動をしなかった人物もいるかもしれない。――しかし、だからと言って「感染者」という属性全体を責めるのはおかしい。

仮に外出を避けるべきだとしても、人々は理由があって外出し、店を営業している。「何か理由があるのだろう」と相手を思いやることが大事だと思う。

 

人々の外出を責めている人たちであっても、全く外出していないということはあるまい。

誰にでも、交通事故のような悲劇は起こりうるのである。

 

世の中は理不尽なのである。罪のないものも、不運に死ぬことがある。そう思って、私たちは被害者を悼むことだけすればよい。

(約800字)

 

参考サイト

psychmuseum.jp

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「世の中の理不尽性を学習するなら、ホラー映画が一番である」と、荒木飛呂彦『荒木飛呂彦の奇妙なホラー映画論』の中で述べている。

ホラー映画を見れば「公正世界仮説」のバイアスを受けなくなるかもしれない。

moriishi-s.hatenablog.com