不眠の子守唄

読書・音楽・歴史・美術館などの趣味について。夜中に更新することが多いです。

「うるう年」の定義とは何なのだろうか。

今週のお題「うるう年」について書きます。

 

閏年(うるう年)」の定義ってなんなのだろうか?

「閏」ってどういう意味なんだろう?

ふと、考えてみた。

「オリンピックの年」が閏年なのか

新型コロナウイルスの影響で東京オリンピックが延期になる、なんていう話も上がっている今日この頃であるが、とりあえずそのような非常事態は考慮しないことにしよう。

オリンピック(夏季オリンピック)は、ご存知の通り4年に一回開催される。

閏年も4年に一回である、と思われがちだが、実はそうではない。

 

2000年、シドニーオリンピックの年、実は2月は28日までしかなかった。

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photo by Unsplash

国立天文台のHPでは、閏年について次のように書かれている。 

グレゴリオ暦法では、うるう年を次のように決めています。

(1)西暦年号が4で割り切れる年をうるう年とする。

(2)(1)の例外として、西暦年号が100で割り切れて400で割り切れない年は平年とする。

例えば、西暦2004年、2008年、2012年……は(1)に当てはまりますので、うるう年になります。また、西暦2100年、2200年、2300年は(2)に当てはまりますので、平年となります。さらに、西暦2000年、2400年は、100でも割り切れますが400でも割り切れてしまいますので、(2)には当てはまらず、(1)のとおりにうるう年となります。 地球が太陽の回りを一回りするには、約365.24219日かかります。グレゴリオ暦では、1年の平均日数が、この日数に近くなるようにうるう年を入れています。とはいっても、グレゴリオ暦法での1年の平均日数を計算すると365.2425日になりますので、グレゴリオ暦の1年と実際の1年との間には約0.00031日程度の差があります。そのため、数千年程度で1日のずれが生ずるはずです。しかし、そのときにどのように修正をおこなうのかは、今のところはっきり決まっていません。

うわー、複雑。でも地球の公転周期と自転周期とが、わかりやすい整数比の関係にあるわけがないから仕方ない。

 

ここで言いたいのは、「閏年」の定義は、2月が29日まである年のこと。だから、2000年はオリンピックの年だったけど「閏年」ではない。

 

閏年→オリンピックの年

は(今のところ)成り立つけど、逆は成り立たない。ひっかけ問題みたいですね。

 

結論。

閏年は、オリンピックの年の十分条件

オリンピックの年は、閏年の必要条件。

 

閏年の定義は、2月が29日まである年のこと。

閏年」の「閏」の漢字の意味とは

 そもそも「閏」ってなに? というのを考えたい。

「閏」は、暦の上では、調整するために余分に入れるものを表す言葉。

 

たまーに、「うるう秒」が入る、なんてニュースもあるし、古文では「閏月」を見たことがある人は多いだろう。昔は太陰暦(月の動きを基にした暦。今は太陽の動きを基にした太陽暦)だったから、いまみたいに「日」よりもさらに大きな「月」で調整を行ったのである。

 

語源は、「うるう」(潤う)と同じではないかと思われる。

一日多く、満ち足りているから、「うるう年」なのである。

閏年」の「閏」を使う用語

でも、他に「閏」という漢字を使う機会ってあったっけ

 

ここで思い出すのが、「南北正閏論争」である。「なんぼくせいじゅんろんそう」と読む。

日本に「南北朝時代」があったのは、多くの人がご存知だろう。

この論争は、「南北朝」のうちの「南朝」と「北朝」のどちらが「正統」か、という論争である。

 

「ブリタニカ」からを見てみよう。

南朝北朝両皇統のうち,いずれが正統かとする論争。おもに南朝正統論者により論じられてきた。南北朝当時,北畠親房は『神皇正統記』で南朝を,洞院公賢は『園太暦』で北朝を正統とした。江戸時代には儒者国学者たちが南朝正統を主張し,水戸藩の『大日本史』が編纂され,幕末の勤王派に大きな影響を与えた。明治期には,1911年文部省編の国定教科書『尋常小学日本歴史』が両朝を並立させたのを,『読売新聞』が非難する記事を載せ,帝国議会で問題化し,いわゆる南北朝正閏論が湧き起った。時の桂内閣は事を重大視し,上奏して,天皇の勅裁で南朝の正統を定めた。(ブリタニカ国際大百科事典、抄録)

南朝」というのは、大覚寺統のこと。よりわかりやすく言えば建武の新政を行った後醍醐天皇の子孫

だから、皇居には南朝の英雄・楠木正成銅像があるわけですね。

実際の今の天皇家は「北朝」の子孫なわけだが、明治天皇も臣下の教育的観点から「南朝」を正統と認めざるを得なかったのは複雑な思いだっただろう。

 

さて、ここでは「閏」という漢字は、「正しくない」という意味で使われてしまっている

 

もともと「閏」という漢字は「潤う」(うるう・うるおう)といういい意味の漢字のはずだったのに、よくない意味にされてしまっている。

 

やはり昔の人からは、「閏年」は、正統なものではないという評価が下されていたのだろうか。

ちょっとかわいそうな「閏年」だが、むしろ一日多くてありがとう、という気持ちで楽しみたいものである。