不眠の子守唄

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主人公への違和感の正体は?ーカズオ・イシグロ『わたしを離さないで』あらすじ・考察

カズオ・イシグロの最高傑作は? と聞かれたら、この『わたしを離さないで』を推す人は多いのではないだろうか。

私は正直に言うとこの問いには『日の名残り』と答えてしまうのだが、『わたしを離さないで』も名作であることには間違いないし好きな作品である。

それに、これからの社会でより重要な意味を持ってくると思う作品は、『わたしを離さないで』なのである

 

なお、初めに述べておくが、ネタバレをしたくないという方は、残念ながらこの記事を読まないでいただきたい。『わたしを離さないで』は、ネタバレをしない方が圧倒的に楽しめる作品である。

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

『わたしを離さないで』のテーマ

この作品は、非常に緻密に構成され、数多くのテーマを持っている作品である。

 

現代社会に提起する、ある問題

人間の生の意味とは何なのか。

また、主人公たちになされた教育の是非はどうなのか? という問題。

さらに、記憶が持つ意味の重大さ。

 

そして、時間の過ぎることの残酷さである。

『わたしを離さないで』の設定(ネタバレ注意)

以下ネタバレになってしまうので、ご注意いただきたい。

 

簡単に言うと、主人公たちは「死ぬ運命」にある。

 

――主人公たちは、臓器を提供するために生まれたクローン人間なのである。

 

主人公たちは孤児院に生活し、次第に自らの置かれた境遇を知るようになっていく。

そして、運命に対してどのように向き合うか、ということを突き付けられるのである。

 

これが、おおまかな『わたしを離さないで』のあらすじである。

 

主人公であるキャシー・Hは、孤児院の友人たちと共に、生き方を模索していく。

 

――そして、助かるための方法を探して、「ある人物」への接触を試みる

普通の人間の側も、クローン人間(「提供者」)に対しての考え方は一定でないのである。

 

『わたしを離さないで』考察

このように、『わたしを離さないで』は、主人公という「死ぬ運命にある人間」たちが自分の運命に向き合って、それに抗おうとしたり、あるいは受け入れたりしながら生きていくという物語である。

 

運命の残酷さは、この作品のテーマであるかもしれない

だが、私は主人公たちの行動に、ひとつの違和感を感じた。

従容として運命を受け入れるーーもちろん、運命に抗うこともするのだがーー主人公たちの姿勢に対して。

なぜ主人公たちはスパルタクスになりえなかったか

古代ローマの剣闘士・スパルタクスは、剣闘士としていずれ死ぬべき運命にあった。

『わたしを離さないで』の主人公たちも、ある意味スパルタクスたちと同じ状況にいると言っても良いだろう。

 

スパルタクスは、その運命に抵抗した。

暴力という力を持って

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しかし、『わたしを離さないで』で「提供者」たちは、自分たちが死ぬ運命にあるにもかかわらず、落ち着いてその運命を受け入れる。

 

――あるいは、全くの非暴力で、助かる道を探すのである。

 

もちろん、暴力でもって、彼らが助かるとは全く思わない。スパルタクスの乱が鎮圧されたように、「提供者」が乱を起こしても一瞬で鎮圧されただろう。

 

しかし、運命に一矢報いようとする姿勢が、少し欠けているのではないか? と思うのである。

『約束のネバーランド』との類似性

その点、『約束のネバーランド 』というマンガは『わたしを離さないで』と同じような設定だとよく言われるが、展開は全く異なる。

『約束のネバーランド』では、主人公たちは「食料」として殺される運命にある。しかし、主人公たちはその置かれた運命からの脱出を目指すのである。

――もちろん、 暴力という手段も用いて。

 

このマンガが支持されている要因には、『わたしを離さないで』に私が感じる違和感の裏返しのようなものがあるのではないかと、私は思う。

 

だが、『わたしを離さないで』には、『約束のネバーランド』ほど明瞭な「敵役」は存在しない。

「ほんとうの敵・ほんとうに怖いものは何なのか?」と考えさせるのは、『わたしを離さないで』の文学的な特徴なのではないかと、『約束のネバーランド』との比較から逆に考えることができる。

去勢された主人公たち

話を戻すが、『わたしを離さないで』で主人公たちが暴力に訴えない理由の考察としては特定の理由も考えられる。

 

主人公たちは、生まれながらに生殖能力を奪われている

 

要するに去勢されているのである。この点で、普通の人間と異なる。

『わたしを離さないで』の世界観では、このようなこと――普通の人間より劣った人間を作り出すこと――が可能になっているのである。

 

だとしたら、「提供者」たちに奪われているものは、「生殖能力」だけではないのではないだろうか?

「暴力に訴える」という闘争本能も、彼らは去勢されているのではないだろうか?

――その方が人間には都合がいいはずだ。だが、そんなことは許されるのか?

――いや、そもそも「提供者」の存在自体が許されないのではあるが…… 

 

『わたしを離さないで』が描くテーマは、あまりに幅が広い。

クローン人間や臓器移植、デザイニングベイビー、優生思想に関心がある方は、一度読んでみることをお薦めしたい。

 

おわりに

この作品の序盤は謎の多さゆえにやや読みにくい作品であるが、その謎が徐々に明らかになっていく際の快感は何事にも代えがたい。多くの人に読んでもらいたい名作である。

 

そして『わたしを離さないで』は、多くのテーマを孕む、これからの時代を生きる人々の古典となる小説であるはずである。

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

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