不眠の子守唄

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悲惨な出来事に際し、文学作品の持つ意味を考えるー上岡伸雄『テロと文学 9.11後のアメリカと世界』書評・感想

新型コロナウイルスの感染拡大はなお予断を許さないが、日本では収束に向かいつつあると言っていいだろう。

このウイルスは、1万人規模の人々の死という意味での大きな悲劇は、日本にもたらさなかったと評価していいのかもしれない。しかし、実際の犠牲者の数に比べ、医療従事者の抱えるストレスをはじめとした諸問題は間違いなく大きな「悲劇」だと評価できるだろう。

このような出来事を目の当たりにして私が感じたのは、「悲劇」というものが今後どのように人々に受容されていくのだろうか、ということである。そのような中で、ちょうど本屋で目についた「悲劇と文学」を読み解いた本である上岡伸雄『テロと文学 9.11後のアメリカと世界』集英社新書を、手に取ってみた。

テロと文学 9.11後のアメリカと世界 (集英社新書)

どうして「文学作品」を読むべきか?

まず、大事件などの悲劇に対して文学作品がどのような役割を果たすのかを、説明しておく必要があるだろう。

私自身、このことについてはうまく言語化できないでいたが、ドン・デリーロの言葉が印象的である。

文学はジャーナリズムや伝記、歴史などにはできない形で個人を探求できます。

登場人物の生活や心の深い部分に入っていけますし、日常の習慣や内面の考えにも、文字どおり夢のなかにも入っていけます。ほかの分野ではできない形で個人の内面の生活を探求できるのです。

(特に9.11との関連では)私はそれについて書く責任を感じました。

そして、犯人であれ犠牲者であれ、何らかの形であの事件に関わった人たちを理解する責任を感じたのです。

文学はもちろん虚構も入りうる。

しかし、人間の内面というものに入ることができるのは、文学だけである。たとえ虚構であっても、内面への省察によってなにか世の中の理解の助けになれば、それは文学作品としての意味があるのである。

犠牲者と加害者に想像力を働かせる

犠牲者が何を思ったか、そして遺族は何を思ったのか――このような省察を深める助けになるのは、まさに文学なのである。

 

また、加害者(9.11ならテロリスト)に対してもこの想像力は向けられる。

ショッキングな事件に触発されて書かれた文学と言えば、日本では三島由紀夫『金閣寺』が代表的な例だろう。金閣寺に放火した僧侶の内面を、吃音という彼のハンディキャップから想像を膨らませた作品が三島の金閣寺である。

金閣寺 (新潮文庫)

金閣寺 (新潮文庫)

 

どうしてこのようなことを起こしたのか? という想像を、加害者に対しても向ける――構造としては似ているのでないかと、私は思う。

 

新型コロナウイルス東日本大震災という「天災」では、もっぱら被害者に想像力が向けられるだろう。

だが、より範囲を広げて考えた時に、「加害者」に想像力を向けることは重要である。

これは加害者を擁護するのとは、必ずしも一致しないということには、断っておきたい。

 

この本の終章には、次のようにある。

モーシン・ハミッドがインタビューで述べていたことも、特に心に残った。

彼は「小説家の核となる技術は共感を呼び起こすことです」と語り、「世界が今苦しんでいるのは、共感に欠けているからだと思います」と述べている。

――多くの事件に際して、自分の都合のいい解釈に組み込んでそれを消費するだけでなく、想像力と共感を持つこと。

これが、今後の世の中で重要なことではないかと思うのである。

 

9.11文学の読書案内として

この新書は、読書案内としても非常に優れている。

本書で紹介されている本は非常に多いが、さしあたり9.11同時多発テロ事件を直接描いた作品のみ紹介しておこう。本書を読んでから、以下の小説を読むことは、非常に意味のあることになるのではないかと思う。

私もこれから読んでみたいと思う。

ジョナサン・サフラン・フォア『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い
ドン・デリーロ『堕ちてゆく男』

・テロリスト側も描いた作品

墜ちてゆく男

墜ちてゆく男

 
アート・スピーゲルマン『消えたタワーの影のなかで』
消えたタワーの影のなかで

消えたタワーの影のなかで

 
エイミー・ウォルドマン『サブミッション』
サブミッション

サブミッション

 

おわりに

もっともこの作品のテーマは「テロと文学」であり、ここに記されている内容を敷衍して考えるのには難しい点もある。

 

しかし、9.11によってアラブ系のアメリカ人が感じた「急に自らが異邦人となる感覚」などは普遍的な問題として提起されるものであり、また9.11後にテロリスト対策として進められた監視社会などといったテーマは、 ポスト・コロナの時代でも考えていくべき問題なのではないかと思う。

その点で、この本は9.11という事象以上の射程を持った優れた本ではないかと思うのである。

テロと文学 9.11後のアメリカと世界 (集英社新書)

テロと文学 9.11後のアメリカと世界 (集英社新書)

  • 作者:上岡 伸雄
  • 発売日: 2016/01/15
  • メディア: 新書
 

▼9.11文学の代表的存在『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』の映画版。トム・ハンクス主演。

ものすごくうるさくて、ありえないほど近い (字幕版)

ものすごくうるさくて、ありえないほど近い (字幕版)

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

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