不眠の子守唄

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SF×第二次世界大戦のポストモダン―カート・ヴォネガット『スローターハウス5』感想・考察

こういうと語弊を招くが、私は戦争文学が好きである

戦争は絶対に繰り返してはいけないと思っているし、体験したくもない。

しかし、だからこそ戦争に巻き込まれた人々の記憶は継承されるべきであると考えているし、文学作品に描かれた戦争に巻き込まれた人々の心理状態などには興味があるのだ。

 

従軍体験を持つ代表的な作家の一人が、アメリカの作家カート・ヴォネガット・ジュニアである。

今回は、ヴォネガットの従軍体験が反映されたSFである『スローターハウス5』を紹介したい。

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『スローターハウス5』概要・あらすじ

まずは、この作品の概要とあらすじを紹介しておこう。

『スローターハウス5』成立背景

最初に述べたように、この作品にはヴォネガットの従軍体験が色濃く反映されている。

そのため、最初にヴォネガットが第二次世界大戦でどのような体験をしたのかを書いておこう。

 

ヴォネガットは第二次世界大戦中、アメリカ陸軍に召集されてヨーロッパ戦線に参加するが、ドイツ軍の捕虜となる

(ちなみにヴォネガットは、ドイツ系アメリカ人である)

 

そこでヴォネガットはドイツ南部のドレスデンに送られ、1945年2月13日に味方であるはずの連合軍による無差別爆撃を体験する。

これが悪名高いドレスデン爆撃である。

ドレスデンは伝統的な美しい街並みを持つ街で、ドイツ人もドレスデンだけは爆撃されないと思っていたのである。しかし、無防備なドレスデンは、連合軍による爆撃に遭い破壊される。

(この際に、クールベの「石割り」などの美術品も失われた)

 

しかし、ヴォネガットは、たまたま地下施設である屠殺場(スローターハウス)が捕虜収容所として使用されていたため、それが防空壕の役割を果たして空爆から生き延びる。

夜が明けて、ヴォネガットは一夜にして破壊されつくしたドレスデンの街を見る。

『スローターハウス5』あらすじ

基本的に、このようなヴォネガットの経験が作品の下敷きとされている。

しかし、この物語は、非常に複雑な構成をとる。そのためあらすじを紹介するのは難しいのだが、軽く内容に触れておこう。

 

 すべてこの本に書かれていることは、多かれ少なかれ起こった。

このような書き出しから始まる物語は、「私」という語り手が、ドレスデン爆撃についての本を書こうとしたが長年書けなかったことが語られる。

(「私」はヴォネガットで、要はメタフィクションである)

 

ようやく物語を書き始めた「私」は、ビリー・ピルグリムという人物を主人公に物語を書き始める。

 

ビリー・ピルグリムも作者の投影であり、ビリー自身もアメリカ陸軍に従軍し、捕虜となり、ドレスデン爆撃に遭う。

 

しかし、ビリー・ピルグリムという人物は普通の人間ではない。

彼は時間旅行者なのである。ただし、「痙攣的時間旅行者」と言われるように、発作的に意識が過去や未来に行き来するだけである。

 

彼は飛行機事故でこの能力を手に入れ、またトラルファマドール星人という宇宙人に誘拐されるなどし、物語は過去と未来を行き来しながら進む。

 

なぜ「SF」というツールを使って戦争を描いたのか? 

このように、『スローターハウス5』は、およそ普通の戦争文学ではない。

 

宇宙人、時間旅行、何でもありのSFなのである。

 

しかし、私は、むしろそこに戦争の過酷さを見ることができるのではないかと思う。

ヴォネガットは、SFというツールを用いなければ戦争体験を書くことができなかったのではないだろうか。

 

この物語の冒頭は、ヴォネガット自身が書いているメタフィクションといえる。

この告白は、ある程度事実なのだろう。

ヴォネガットは、どうしてもドレスデンでの体験を小説に書くことはできなかった。

 

ヴォネガットは、現実としての戦争に向き合うことができなかったのではないだろうか。戦争体験は、そこまでつらい体験だったと推察される。

しかし、SFに仮託することで、ヴォネガットは自身の戦争体験をようやく書くことができたのである。

「そういうものだ」という諦念

しかし、ヴォネガットは単に「あの体験は夢だった」という現実逃避として戦争体験をSFというファンタジーに落とし込んだというだけではない。

 

ヴォネガットは、SFというツールを用いることで、一つの哲学を描き出している。

 

『スローターハウス5』で特徴的な台詞が

そういうものだ。(So it Goes.) 

という台詞である。

 

物語では、しばしば捕虜となった兵士の死が克明に描かれる。

しかし、時間旅行者ビリー・ピルグリムは、その場面に立ち会っても気にしない。

「そういうものだ」と、諦めるのである。

 

このビリー・ピルグリムの「諦念」に大きな影響を与えているのが、先ほども紹介したトラルファマドール星人である。

人間に自由意志はあるのか

トラルファマドール星人は、人間とは違う考えを持っている。

 

私たちは、時間は過去から未来に流れるものだと思っている。ちょうど、電車の車窓のように。

しかし、トラルファマドール星人は、過去も未来も360度の展望台から見ているかのように見渡すことができるという。

 

だからトラルファマドール星人は、未来のいつかで自分たちが滅亡することも知っているが、それはそういうものだと受け入れている。

 

そんなトラルファマドール星人の哲学に影響を受けたビリー・ピルグリムも、そのような哲学を獲得するのである。

 

ヴォネガットが代表作の一つ『タイタンの妖女』でテーマにしたのは、「人間の自由意志」だった。

人間は何のために、宇宙開発をしたのか?——『タイタンの妖女』は、そんなことをテーマにした作品である。

 

『スローターハウス5』でも、「自由意志」がテーマになっていると私は思う。

 

「戦争」というどうしようもない時代の波に飲み込まれたときにヴォネガットが感じたのは、自分の無力さだろう。

人は、運命に抗うほどの力は持っていない。

だとしたら、自由意志は本当にあると言えるのだろうか?

 

もしかしたら、ないのかもしれない。でも、「そういうもの」なのである。

 

そんな「どうしようもなさ」の描き方こそ、『スローターハウス5』という作品の大きな特徴ではないかと思う。

一見、ビリー・ピルグリムは戦争に対してもあまりに冷静で、冷淡と言っても過言ではない。

しかし、そこにむしろヴォネガットの戦争への思いが込められているのである。

 

おわりに

『スローターハウス5』は、小説としても、戦争文学としても異端である。

 

しかし、このような特異な形式の語りで描かれるのは、戦争の悲惨さと、どうしようもなさへの諦念である。読後には不思議な気持ちになる小説である。

なお、この作品でヴォネガットは原爆の放射線被害を軽視しているように見える(ドレスデンの方が死者が上だと書いている)のは日本人として気になる点であるが、それほどにドレスデン爆撃の惨禍も想像を絶するものだったのだろう。

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