不眠の子守唄

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安部公房『砂の女』あらすじ・考察ー外出の自由を制限された今だからこそ、囚われの男に思いを馳せるー

夏休み。暑い日に、一人でふらっと電車で遠出をする。駅を降りて、見知らぬ街をふらりと歩く。

私は、そういう小旅行が好きだ。でも、そうしていると時々「今、自分が誰かに連れ去られた時、知人や家族は自分を見つけ出してくれるのだろうか?」という不安に襲われることもある。

――そう、安部公房の名作、『砂の女』を思い出してしまうのである。

砂の女 (新潮文庫)

砂の女』あらすじ 

※ネタバレ注意

 

この物語の主人公は、仁木順平という男(物語中では「男」と表記される)である。

 

男は、新種の昆虫を見つけることに執念を燃やしている。そんな彼が目をつけていたのが、砂地に生息するハンミョウである。彼はそのためにS駅に降り立ち、バス終点の砂丘の村に行った。

――この村が、変な村なのである。

すべての家が、砂の斜面を掘り下げ、そのくぼみの中に建てたように見えてきた。

(中略)

このあたりでは、屋根のてっぺんまで、すくなく見つもっても、二十メートルはあるだろう。

要するに、アリジゴクの穴に家があるようなものである。

 

そこで、彼は漁師風の老人に会う。

老人は、男を何やら疑いの目で見る。

「いや、調査でなけりゃ、かまわないんだがね……」

(中略)

「すると、あんた、本当に県庁の人じゃないんですね?」

どうやら、老人は男を、県庁の役人ではないかと警戒していたようである。

――しかし、その疑いが解けると、老人はやけに親切になる。

 

老人は男に、すでに終バスが終わってしまったことを告げ、集落の中に泊まることを勧める。

「ごらんのとおり、貧乏村で、ろくな家もないが、あんたさえよけりゃ、口をきくくらい、わたしがお世話してあげるがね。」

男が紹介された家には、寡婦が一人で住んでいた。女は、眼病で目が赤いことを除けば、魅力的でないとも言えないような女である。

女は、そうしなければ家を押しつぶしてしまう砂を掻くことに、精を出していた。

 

男は、女に風呂に入りたいと聞く。

そうすると、女は答えるのである。

「わるいけど、明後日にして下さい。」

男は、この答えに大声で笑う。

「明後日? 明後日になったら、ぼくはもういませんよ。」

しかし、女は、またしても不可解な答えをするのである。

「そうですか……?」

 

……

一夜明け、男はその意味を知る。

「おい、梯子がないんだよ! 一体どこから上がればいいんだい? 梯子がなかったら、あんなとこ、登れやしないじゃないか!」

男は穴の下に閉じ込められた。

村人も、女も、承知の上で、男を穴の中に閉じ込めたのである。

 

この試みを悟った男は動転し、脱出を試みる。

 

しかし、すぐに男は脱出が計画通りにいかないことを悟る。

――反逆して砂を掻かないと、水が配給されないのである。

集落では、村長が支配する社会主義に似た制度が採られ、物資は配給制となっていた。村にとって、砂こそが村の収入源であったのであり、砂を掻くという行為は自分たちが生き延びるために必要不可欠だったのである。

 

男は、女と同居生活をつづけながら、再び脱出の機会をうかがう。

 

縄梯子を、何とか自作したのである。そして砂の穴から脱出することに成功する。

しかし、集落の人間に見つかる。

一見、不器用そうにみえた、彼等の追跡は、じつは、彼を海の方に追いつめようという、きわめて計画的なものだったのだ。

(中略)

いや、あきらめるのは、まだ早い。

(中略)

さあ、もう一と息、次の丘までつっ走れ!

……

急に、走りづらくなった。やたらに、足が重い。

(中略)

なんとか、脱け出そうと、もがいてみるのだが、もがけばもがくほど、ますます深く、めり込んで行く。

男は罠にはまったのだ。

「助けてくれえ!」

「たのむ、助けてくれ!……どんなことでも、約束する!……おねがいだから、助けてくれよ!……おねがいだ!」

ついに男は、泣き出してしまった。

そこで、男は村人たちに救出される。

――村人たちは、やけに優しいのである……

 

そして、男は女のいる穴に戻される。

男は、以前にも増して従順に生活を送る。

 

しかし、男は一つの《希望》を持っていた。

カラスを捕まえる罠を仕掛け、捕まえたカラスに手紙を括り付けることで、助けを呼ぼうとしたのである。

――しかし、そんなある日、カラスを捕まえる罠が、実は砂丘の中では水を得るための装置になることに気づく。

男は、この溜水装置の改良に、熱中する。

 

そして、水を効率的に得るために、気候を知る手段であるラジオを欲する。

――ラジオ、男と女は

 

春になり、女は妊娠した。

だがある日、女は子宮外妊娠の診断を受け、街の病院へと運ばれていく。

 

男は、縄梯子が架けたままになっていることに気づく。

男は梯子を上り始めるが、溜水装置が、女を運び出したときに壊されていることに気づき、穴の中に戻る。

べつに、あわてて逃げたりする必要はないのだ。

(中略)

考えてみれば、彼の心は、溜水装置のことを誰かに話したい欲望で、はちきれそうになっていた。話すとなれば、この部落のもの以上の聞き手は、まずありえまい。

そして男は思う。 

逃げるてだては、またその翌日にでも考えればいいことである。

――そして、小説の最後のページは、男の失踪から7年後、男(仁木順平)を失踪者として宣告し、 死亡の認定を下す文書となっている。

男は、もう逃げようとはしなかったのである。

 

砂の女』感想・考察

以上に書いたあらすじで十分に伝えられたのかはわからないが、この作品は非常に怖い作品である。

村に男が監禁されるさまは、恐怖を催す。

 

しかし、この『砂の女』において「砂に覆われた村」は、「村の外の世界」と対置される存在にあるのである。そして、はじめはまったく違う存在であるように見えた両者は、実は似つかわしいものであるかのように見えているのである。

――男は、結局「村」に居続けることを選ぶ。

 

村が怖いとしたら、それは私たちの生きる世界も、また怖い存在なのである。

村人の怖さ

第一に怖いのは、村人の存在である。

中でも、村人に罪の意識がないのが怖いのである。

 

村人は、自分たちの生活を維持するために、男のように外部から来た人間を常習的に閉じ込めている。そうしなければ、村人たちは生きていけないのである。

生きるために仕方なくやっている――だから、村人たちには罪の意識がない。

「かまいやしないじゃないですか、そんな、他人のことなんか、どうだって!」

でも、極論すれば、私たちの生きる世界だって同じなのではないかと、私は思う。

自分たちが生きていくため苦しいのなら、生きていくために、他人にどんな不利益を与えようが構わない――それは確かにそうなのかもしれないが、考えさせる問題である。

 

そして、男が砂地に嵌ったのを助ける村人の反応も、非常に怖い

――妙に、優しいのである。

こういうことをされると、人間洗脳されてしまうものである。

安部公房は東大医学部卒の秀才だが、人間の心理というものにも深い洞察をしていたのではないかと思わせる。男を手玉に取る村人たちの計算高さは、マインドコントロールにかかわる事件を見聞きするたびに思い出す。

男はどうして、穴の中で生きていくことにしたのか?

最後に、この小説の一番のテーマといえるところを考察していきたい。

 

それは、どうして男は逃げなかったのか? である。

これを考えることは、いまの私たちにもつながるところがあると思う。

コロナの「自粛生活」と『砂の女

いま、新型コロナウイルスの流行により、自宅の外に出ることを極端に控えている人は多いだろう。

自粛は、もちろん感染リスクを減らすために必要なことである。

――だが、人間的な生活が奪われているのも事実である。

 

私は、このような私たちの状況に、砂の中に監禁された仁木順平の姿を重ね合わせたい

 

もちろん「自粛生活」に自由を見出している人がいることは否定しないし、改善された部分もあると私だって考えている。

男だって、もともと大した人づきあいがあったわけでもないし、教師生活に戻っても「生徒」という砂に流されながら生きていくしかなかったのである。

その点、男にも、砂の中にとどまり続けるメリットはゼロではなかった。

――しかし、本当にそれでいいのだろうか?

自分から砂の中の生活を選ぶならまだしも、監禁されて、結局その生活に順応してしまったというのは、何も問題ないことなのだろうか?

 

自粛生活に対し、「これでいい」と思っている人は、もう一度考えてみてほしい。「自分は仁木順平になってはしないだろうか?」と。

もちろん感染防止は重要であるが、その中でも人間らしい生活を追い求めることをあきらめてはいないだろうか。

このコロナウイルスの流行と外出自粛との関連からも、深い考察ができる。この作品は、そんな名作である。

ひとつの使命を得るということ

だが、どうしても自粛生活をしなければならないなら、男の生き方に「希望」を見出す方法もある。

ある意味、男だって「人間らしい生活」を獲得したから、穴の中にとどまり続けたのである。

男が変わったのは、「溜水装置」の改良に生きがいを見出してからである。

 

自分の熱中できること、自分が世の中の役に立つこと、そんな目標を見つけることができた時、人間は極端に自由を制限されていたとしても、希望を持って生きることができるのである。

そんなリアリティも、『砂の女』には描かれている。

 

おわりに

夏といえば怪談で涼をとるという手もあるが、『砂の女』も背筋がぞくぞくする、8月を舞台にした名作である

夏休みに、是非読むことを薦めたい名作である。

 

そして、「穴の中で暮らすこと」について、しっかりと考えてみてほしい。

砂の女 (新潮文庫)

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▼映画版は、「これどうなってるんだ」という状況がわかりやすいのでお薦め。

砂の器 デジタルリマスター版

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